研究内容

ラマン分光法・顕微法

 分子にフォトンが当たると、フォトンのエネルギーが一部分子に移って散乱されることがあります。ラマン効果と呼ばれる現象です。分子がエネルギーを受け取ると、分子振動を始め、高い分子振動状態へと励起されます。その分子に固有の振動エネルギー準位と一致するエネルギーしか、分子は受け取りません。分子が受け取ったエネルギーはフォトンが失ったエネルギーと同じなので、散乱されたフォトンのエネルギーを計測することで、分子振動エネルギーを解析することができます。この計測方法を、ラマン分光法と呼びます。ラマン分光法を用いると、分子がどのような振動準位を持つかと調べることができます。この振動準位の情報から、分子種を同定することも可能です。様々な種類の分子を含む試料に光を照射すれば、全ての分子内/分子間振動の情報を取得できるので、どんな分子で構成されるのか、またどのような化学結合を持つのか分析できます。このように、ラマン分光法は様々な試料の化学的・物理的・生物学的な特性を、非破壊・非侵襲に分子振動スペクトルとして提供してくれる非常に優れた計測技術です。
 また、レーザー光を強く集光することによって、試料上の微小な領域からラマン散乱光を検出することもできます。さらに、集光点を試料全体にわたって二次元にスキャンすることによって、試料のラマン信号をマッピングすることも可能です。ラマンイメージングやラマン顕微法と呼ばれ、試料のラマン信号の空間分布を表す画像を得ることができます。私たちは、ラマン分光法やラマン顕微法を用いて、単に様々な試料の特性を分析・解明するだけでなく、より先端的な分析が可能な独自ラマン分光技術の開発も行なっています。

ラマン分光法の応用

 ラマン分光法は、他の手法では観察・解析できない様々な特性を分析することができます。私たちは、このラマン分光法や顕微技術を使って、カーボンナノチューブやグラフェン、有機半導体材料、2D遷移金属ダイカルコゲナイド、生体試料をはじめ様々な試料の分析を行なっています。また、最先端のラマン分析技術の独自開発も行なっています。例えば、分子間に働く非常に弱いファンデルワールス力を分析するための超低周波ラマン分光技術や、低温環境下でのラマン計測を可能にする独自クライオスタットチャンバーを開発してきました。製品化されていない技術でも、必要があれば独自に開発しています。最近は、ラマン分光法の親戚でもある赤外吸収分光法の開発にも取り組み始めました。

先端増強ラマン散乱顕微鏡:TERS顕微鏡

 光は、波本来の性質のため、波長の半分程度以下に集光することはできません(光の回折限界)。なので、可視光を使う光学顕微鏡の場合は、200~300 nmの空間分解能が限界です。しかし、金属ナノ構造を近接させて試料を観察する近接場光学技術を用いると、この限界を突破することができます。そのような技術の一つとして知られるのが、ナノオーダーに先鋭な金属針をイメージングプローブとして用いる先端増強ラマン散乱顕微鏡(tip-enhanced Raman scattering: TERS顕微鏡)です。金属探針の先端に光を照射すると、強く局在・増強したエバネッセント光(非伝搬光)がナノ光源として生成されます。近接場光とも呼ばれます。この近接場光を試料に近づけて照明してあげると、可視光の光でも試料のナノスケールの領域からラマン散乱光を取得することができます。このようにして、TERS顕微鏡は光の回折限界を超えた高空間分解能を実現します。また、非線形光学効果と組み合わせたり、試料に探針で圧力を印加するなど、よりユニークな分析も可能です。ラマン散乱光だけでなく、試料のフォトルミネッセンスなどその他のシグナルを近接場光で励起して、超解像イメージングすることもできます。TERS顕微鏡を使って様々な試料の興味深い特性・現象をナノスケールで観察するだけでなく、TERS顕微鏡の検出感度や測定安定性、空間分解能、イメージング速度などを飛躍的に向上する新しい技術開発にも取り組んでいます。

プラズモンナノフォーカスの近接場光学顕微鏡応用

 TERS顕微鏡をはじめとする散乱型の近接場光学顕微鏡では、金属ナノ探針先端でプラズモン共鳴を励起することによって近接場光を生成します。この方法では、探針先端に光を照射するため、探針直下の試料も同時に光で照射されます。つまり、試料のナノ領域から発生した近接場光由来のシグナルと共に、試料のさらに広い領域から発生した入射光由来のシグナルもノイズとして検出されます。このノイズは、探針無しの状態で計測した入射光由来のみのシグナルを、差し引くことによって取り除くことができます。この二重計測は基本的には上手く機能しますが、ノイズに埋もれてしまうような極めて弱いラマン信号の場合は回復することができません。
 プラズモンナノフォーカスも、金属探針先端で強く局在・増強された近接場光を生成する手法の一つです。ただし、プラズモン共鳴を用いる方法と異なり、入射光を探針先端と空間的に離すことができます。探針先端を入射光で照射する必要がないために、入射光ノイズが発生しません。この手法では、探針先端から離れたシャフト部分に、グレーティング構造などのプラズモンカップラを有する探針を使用します。このカップラをレーザー光で照射することによって、光がプラズモンと結合し、励起されたプラズモンがそのエネルギーを集束・圧縮しながら先端へ向かって伝搬します。そして最終的に、探針先端に高度に局在化した近接場光が生成されます。このナノ光源で近接場光学イメージングを行うと、入射光由来のノイズが発生すること無く、近接場光のシグナルのみを検出できます。プラズモンナノフォーカス現象自体はある程度知られている現象でしたが、私たちは非常に効率的にプラズモンナノフォーカスを誘起できる独自の金属探針作製方法を確立することに成功しました。さらに、本手法の改良を続け、TERS顕微鏡やフォトルミネッセンス計測、その他近接場計測への応用を行なっています。

超広帯域なプラズモンナノフォーカスと白色ナノ光源の生成

 プラズモンナノフォーカスは、背景光フリーのナノ光源を生成できるユニークな手法です。先鋭な金属テーパー構造やナノ探針上でプラズモンを伝播させ、先端へ集束させることによって、強く局在・増強した近接場光を生成します。通常用いられるプラズモン共鳴と異なり、プラズモンナノフォーカスは共鳴現象ではないので、入射波長に依存しません。プラズモン共鳴は、共鳴波長に近い帯域でしか動作しないのに対し、プラズモンナノフォーカスでは、広帯域に近接場光を生成することができます。なので、様々な波長を混ぜた白色の近接場光を作ることも可能です。
 ちなみに、プラズモンナノフォーカス自体は広帯域でも、プラズモンカップラは一般的に特定の波長としか効率的にカップリングできません。つまり、全体の過程を見ると、波長依存性が出てしまいます。そこで、プラズモンカップラの設計を工夫して、様々な波長とカップリングできる構造を用いています。この広帯域プラズモンナノフォーカスは、TERS顕微鏡用の探針に使うだけなく、様々な技術へ応用が可能です。探針形状だけでなく、基板上に作製した金属テーパー構造も用いて、紫外域から赤外域にわたる波長の光を統合しながら、様々な方向性で展開しています。多波長超解像イメージング技術や光センサーなど、多様な技術へ貢献できます。